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東京高等裁判所 昭和30年(う)3615号 判決

控訴人 被告人 佐藤享

弁護人 野町康正

検察官 軽部武 小山田寛直

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

本件公訴事実中昭和三十年十一月四日附追起訴状添付の犯罪一覧表九、一〇及び二五の各窃盗の事実につき被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人野町康正提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

野町弁護人の論旨第二点について。

窃盗が既遂となるには他人の財物を自己の支配下におけば足りるのであつて、必ずしもそれを安全な場所に移すことを要しない。所論沼崎節子方玄米窃取事実について考えると、沼崎節子の盗難被害上申書、司法警察員作成の沼崎方実況見分調書及び被告人の司法警察員に対する昭和三十年十月二十二日附供述調書を綜合すると、被告人は右沼崎方物置にあつた玄米四斗を持参した南京袋に各二斗宛に入れて物置の外に運び物置横手に積み上げてあつた藁しぶの中に隠してきたので、沼崎方では玄米盗難の事実が判つても、その後五日間その玄米が前記場所に隠してあることを発見できなかつたこと明らかで、被告人の右所為は沼崎方所有地外に玄米を持ち出していないことは所論のとおりであつても、該玄米は被告人の支配下に置かれたものというべきで、窃盗の既遂罪が成立するから、被告人が後日隠しておいた玄米を更に他に運ぶに至らない中に逮捕されたが故に未遂に止まる旨主張する論旨は失当である。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

弁護人野町康正の控訴趣意

第二点原判決は法令の適用に誤りがある。

原判決犯罪事実一覧表中第三二(被害者沼崎節子)の犯罪は原判決は窃盗罪の既遂を以て論じをるもこは既遂にあらずして未遂を以て論ずべきものである。即ち被告人は昭和三十年十月十六日被害者沼崎節子方へ侵入し同家の母家より玄米弐斗入り二袋を盗みだし之を袋をとりかえ同被害者宅の豚小屋に右玄米二袋をそのまま隠しをき他日とり出さんとしたものを同月二十一日正午頃同家の嫁に発見せられ被害者に完全に戻つたものであるのが事実である。然らば窃盗罪の既遂と謂わんが為には被害者の実力支配を排除し犯人の支配内に移さなければならぬのに本件は同一家屋内被害者の同一支配内に只物件を移しただけである(袋をとりかえても問題は中味である)から完全に犯人の占有に移つたとは謂えないのである。従つて原審は此の点に付刑法第二百四十三条を適用すべきであります(三二丁)。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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